ジャズ・ミュージシャンの佐山こうたさんに、主人公ジョーと同じジャズ・ピアニストというポイントから『ソウルフル・ワールド』(2020)を解説していただきました。ストーリーやアニメーションの楽しさと異なる魅力がぎっしり!
生活環境や動き、設定までとにかくリアル
――ジャズ・ピアニストである佐山さんの目には『ソウルフル・ワールド』はどのように映ったのでしょうか?
佐山こうた:
音楽への愛情と理解が、主人公のジャズ・ピアニストを目指す音楽教師ジョーの生き方とリンクして描かれる素晴らしい作品でした。「きらめきは目的じゃない」という台詞や、獣医師希望だった理髪店主との会話など示唆に富んだシーンにいろいろと気づかされることが多い映画でした。"ゾーン"という概念の表現もとても的確でわかりやすく、どの年代の人が見ても楽しめる作品だと思いました。
――――ゾーンとは、すごく集中して他の場所にいるような感覚になった人々がいるエリアでしたね。「きらめきは目的じゃない」は、22番のソウルと"きらめき"を探すことになったジョーが、旅の終わりのほうでソウルの世界のカウンセラーから言われる台詞ですね。
佐山こうた:
"きらめきが何であるか"はあえて具体的には説明されないですが、美しいシーンや、ドロシア・ウィリアムズが言う海の比喩(海にいながら海を探す魚の話)などを通して、とても雄弁に表現されているように感じました。トロンボーンを返しに来た中学生のコニーに22番が言う「教育は残飯バケツを鳴らす棒」が、イギリスの作家ジョージ・オーウェルの「動物農場」からの引用だったり。子どもも楽しめるのに、大人にも哲学的な示唆を与えてくれる作品ですよね。
――――ジョージ・オーウェルはかつて22番のメンターだったという設定でした。他にもガンジー、アブラハム・リンカーン、マザー・テレサ、コペルニクス、モハメド・アリ、マリー・アントワネット、カール・ユングらがメンターとして22番を指導した設定です。ピアノを弾いている指が映ります。違和感はありませんでしたか?
佐山こうた:
もうばっちり!ピアノだけでなく、ミュージシャン全員の動きが凄かった。おそらくミュージシャン本人達の動きを録音しながらモーションキャプチャーもして作ったのだと思いますが、それにしても凄いクオリティでした。
"マウスピースをキュキュッ"あの動きに注目
――――映画に登場するジャズの曲について教えてください。まずジョーの音楽の授業で生徒たちが弾いているのはどんな曲なんでしょう?
佐山こうた:
デューク・エリントンの「Things Ain't What They Used to Be」ですね。「昔は良かったね」とか「昔みたいにはいかないね」という意味のタイトルの曲です。ジャズ・スタンダードの一つですが、この曲をチョイスした意図も聞いてみたいですね。あと、トロンボーンの子、うますぎ(笑)。
――――サックス奏者のドロシア・ウィリアムズの描き方は?
佐山こうた:
もうね、素晴らしい。何が素晴らしいかというとドロシアがウォームアップしているシーンですね。キャラクターを印象づける為に超絶プレイをさせてしまう作品は多いですが、サックス奏者のウォームアップは、基礎練習からフレージングの細かいニュアンスの確認などをひとしきりやったあと、リードの刺さり具合に目を細めつつマウスピースをキュキュッとやる、まさにあの動きなんです。完璧です!
――――ドロシアがジョーをテストするときの演奏の感じはいかがでしたか?
佐山こうた:
オーディションやジャムセッションで曲名を言われずに勝手に演奏を始められるエピソードはチャーリー・パーカーやマイルス・デイヴィスの伝記など、ジャズのアネクドート(逸話)としてよく登場しますし、僕もニューヨークの友人たちからそれを経験したという話を聞きますね。半分イジメみたいな気もしますが(笑)、そこで納得させることができると「今晩から来て」とか、「来週からツアーだ」と言われるようなことは本当にあるようです。そういうジャズの有名なエピソードが散りばめられている点にも気持ちをくすぐられました。
――――チャーリー・パーカーはモダン・ジャズを創生したサクソフォーン奏者、マイルス・デイヴィスは多くのミュージシャンに影響を与えたトランペッターですよね。ライブハウスの楽屋の鏡にミュージシャンの写真が貼ってあります。あれはどなたの写真ですか?
佐山こうた:
デューク・エリントンですね。サブリミナルされてます(笑)。偉大な先人もここの鏡で本番前にチェックしていた。その場所に自分も今いるんだ!というジョーの喜びを感じました。ミュージシャンあるあるですね。
ミュージシャンにとってゾーンに入るとは?
――――主人公のジョー・ガードナーはちゃんと音楽を勉強してきたという設定です。音楽をきちんと学んだとしても、ミュージシャンとして成功するのは大変なのでしょうか?
佐山こうた:
演奏で食べていくのはまあ大変ですね。ドロシアや彼女のバンドメンバーたちも、決して裕福な生活をしているわけではないと思います。若い子にアドバイスするときも悩む部分です。
――――ジャズ・ミュージシャンとしてのジョーの描かれ方はいかがでしたか?
佐山こうた:
すごくリアルでした。ジョーの母親が、年金と社会保障がある音楽の正教員になる話に飛びつくのもリアルです(笑)。実際、グラッとくる話だなと思いました(笑)。
――――ジャズ・ミュージシャン(プレイヤー)として生きることと、ジョーのお母さんも言うように音楽の先生として堅実に暮らすこと。どちらも音楽で生きていると言えるように思いますが?
佐山こうた:
どちらも音楽やその発展には欠かせないですからね。もちろん言えると思います。思うんですが、同時にジョーの「それじゃダメなんだ」という気持ちもまたよくわかります。生活で体験した全てのことを演奏に落とし込むプレイヤーの感覚というのは独特のものですし、その状態でメンバー全員とインタラクティブに即興で音楽を構築していくジャズの空を飛ぶかのようなスリルや快感、全能感というのは、なかなか捨てがたいものがありますから。
――――それはゾーンに入るという感覚なのでしょうか?
佐山こうた:
そうですね。ゾーンはその中でも特別な感覚ですが。誤解されがちなのは、周りが目に入らなくなる状態を集中やゾーンと思ってしまうことです。言葉にするのは難しいのですが、ゾーンの感覚というのは世界とリンクしている感覚とでも言うか、自然と導いてくれる迷路を進むような、考える必要がないような状態と言えると思います。
――――シャットダウンではなく、ありとあらゆるものと繋がっている感じなんですね?私たちも、演奏はできなくても聴く立場ではそれを味わうことができますね。
佐山こうた:
ジャズみたいなインストゥルメンタルで分かりにくい音楽が、これだけ長きにわたって愛されていることを考えると、見せかけじゃない魂の興奮も一緒に伝わっているんだと思います。
ジャズのライブに行った気がする理由は?
――――ジョーも佐山さんも、お父さまがジャズ・ピアニストですね。
佐山こうた:
僕の父のことでいうと、ミュージシャンというのはしょっ中、ツアーに出ていてろくに家にいない人(笑)。家にいても子どもが起きて学校へ行く時間には寝ていることが多い。だから、「こんな大人になるものか」と思っていたんですけど、なっちゃいましたね(笑)。
――――ジャズとの出会いは?
佐山こうた:
思春期になると俄然、音楽に興味が出てきて最初はロックばかり聴いていたんですけど、ある日、母から「ジャズっていう音楽もあるのよ」とビル・エヴァンスのレコードを渡され、それでノックアウトされました。
――――思うように演奏できるまでにはどれくらいかかるものなんでしょうか?
佐山こうた:
言葉と同じで、ある程度のボキャブラリーがあればその中で自分の言いたいこと、弾きたいことは表現できると思っています。レッスンするときもその感覚は伝えたいなと思っています。自分が伝えたいことや表現したいことを自分の言葉で話すように弾く。ただ、受け売りじゃないものを弾くのはけっこう難しいですね。生き方にもかかわることなので。他人と演奏するとなれば尚更ですね。
――――そういう意味では、最後のほうでジョーが一人、ピアノの前でいろいろ回想するシーン。あの演奏とそれまでの演奏には違いを感じますか?
佐山こうた:
そうですね。このシーンではジョーは、自分のこれまでの人生を振り返ったり、22番の視点を得たり、夢だったドロシアとのセッションと、その後の不思議な虚無感など、ピアノを弾く以外の要素からゾーンに入るので、それまでよりもう一段深い感覚になっていると感じました。
――――あれは本作の音楽を手掛けたトレント・レズナーが作った曲ですね?
佐山こうた:
オリジナルですね。とても美しい曲です。即興のシーンなのでタイトルがあるかわかりませんが。
――――サウンドトラックとして流れるジャズの演奏はいかがでしたか?
佐山こうた:
即興で演奏しているように聴こえました。病院から脱出するところなんかも、ブラスのリフ、ドラムの合いの手、そのあとピアノソロ、みたいなベーシックな決めごとだけで演奏している。譜面に書きようのない音まで聴こえてくるようでした。本当にジャズの演奏を聴いている感じでした。ピアノを弾いているのはシンガーソングライターのジョン・バティステですよね。
――――その通りです。アニメーション映画の音楽はある程度シーンができてからオーダーされるそうですが、『ソウルフル・ワールド』はプロットを読んで音楽を作り始めてもらったそうです。ジョン・バティステは、「私の手、体の動き、私の音楽をジョーのためにアニメーション化したので、このキャラクターを通して私が見えてくると思います。私の本質が、ジョーの魂となっています」とインタビューに答えています。
佐山こうた:
ジョン・バティステのプレイは本当に素晴らしくて、猫と追いかけっこしているのをドロシアに見られてしまうシーンあたりはもっと聴きたいと思いました。場面転換をドラムだけで進行させるのも斬新です。
――――音楽の映画だからこそ、こんなふうに作り手の音楽愛が伝わってくるのは嬉しいですよね。
佐山こうた:
そうですね。文化や音楽のアドバイザーに、ハービー・ハンコックやテリ・リン・キャリントン、ピーター・アーチャー、ジョージ・スペンサーなどの名前があります。音楽と文化両方のベースが徹底されていて、イメージでやっていないところがこの作品の素晴らしさに繋がっているんだと思います。
――――映画を観ながら、ライブに行った気持ちにもなりました。
佐山こうた:
『ソウルフル・ワールド』に参加されたミュージシャンに、ロイ・ヘインズとマーカス・ギルモアというドラマーがいるんですが、彼らはおじいちゃんと孫なんです。ロイ・ヘインズはレジェンド中のレジェンドで今年96歳のはず。その孫のマーカス・ギルモアもめちゃくちゃうまい。10年くらい前、彼らが日本にジャムセッションで来たときに圧倒されたことがあります(苦笑)。
――――すごい出会いですね。それはどちらで?
佐山こうた:
阿佐ヶ谷の「マンハッタン」という小さいジャズクラブです。六本木あたりだとわりとそういうことあるんですけど。阿佐ヶ谷はちょっと珍しいかな。ちょうど僕がジャムセッションのホストバンドをやっている日で、深夜1、2時にセッションしました。マーカスが「ものすごい速い七拍子をやろう」と言うので「う、うん。いいよ」と生返事するも速攻で「アーレー!今どこ?」みたいな感じに(笑)。
瑛人の声が素晴らしい「愛に満ちた世界」
――――ジャズ・ミュージシャン同士ってすごいです!音楽に関して他にも注目した点があれば教えてください。
佐山こうた:
英語と吹き替えで台詞の印象はある程度変わるのが普通ですが、それをほとんど感じなくて、驚きました。『リメンバー・ミー』もそうですが、きれいにシンクロしていました。そして瑛人さんの歌う「愛に満ちた世界」。彼の声がめちゃくちゃ素晴らしかった。キャラクターとは裏腹に相当トレーニングを積んだ人の声だと思いましたね。しかも英語版と印象が変わらなくて、それは歌では本当に珍しいと思います。
エンディングで流れる「イッツ・オールライト」もいいですね。映画ではジョン・バティステが歌っていますが、カーティス・メイフィールド本人の「イッツ・オールライト」も素晴らしいので是非聴いてみてください。会って「やあ」と言うが早いが演奏が始まっちゃう。それがジャズなんです。これを機にジャズに興味を持ってくれる人が増えると嬉しいですね。
――――ジョン・バティステもまさしく同じことを言っています。「ジャズは知的な音楽ではないので、誤解されることが多いのです。ジャズは感じてもらうためのもので、生きていて呼吸している音楽であるにもかかわらず、今まで美術館の作品であるかのように、考えさせられるような芸術品として知られていました。ですので、この映画は多くの人々に本来のジャズの感覚を覚える機会を与えてくれていると思いますし、それを他の人と共有するための方法でもあるのです」と。
『ソウルフル・ワールド オリジナル・サウンドトラック』発売中/配信中!
UWCD-1096
Walt Disney Records
© 2020 Disney Enterprises, Inc./Pixar

[プロフィール]
KOTA SAYAMA 東京都出身。ジャズ・ピアニスト。ボストンのバークリー音楽院でジャズとポピュラー音楽理論を学び、サンポーニャ・ケーナ奏者の瀬木貴将氏のツアー参加を機に2004年より日本で活動を開始する。2007年にバンド「Solid Nexus」のメンバーとしてCDデビュー。2010年には自身名義のアルバム「流出」を発表する。近年は由紀さおり、サーカス、May J.など、シンガーの伴奏者として高い信頼と評価を得ており、2020年は松尾スズキ作演出の舞台「フリムンシスターズ」でキーボード兼バンドリーダーを務めるなど幅広い分野で活躍中である。
*本記事の作品公開年はアメリカ公開の年を記載しています

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