18年間、塔の上で生活してきたラプンツェル。カメレオンのパスカルは一緒だし、育ての親のゴーテルもいますが、ずっとひとりというのはなかなかにつらいもの。ラプンツェルも「もう飽きたわ!」といいつつ、様々なアイデアで日々を豊かに暮らしてきました。でももう18歳!夢を実現しようとしますが、ゴーテルの言葉に自信を打ち砕かれます。それでも毅然と立ち向かうラプンツェル。泥棒のフリン・ライダーに対しても…。彼女のパープルのドレス。そのドレスに彼女の人となりの秘密が隠されているようです。服飾史家の中野香織さんと一緒に考えてみましょう。
DAILY編集部:
ラプンツェルといえば長い金髪が特徴ですが、ビジュアルエフェクト・スーパーバイザーのスティーヴ・ゴールドバーグは、計算すると約21メートルの彼女の髪の重さは約32キロになると言っていました。あくまで現実に置き換えると、ということですが。
中野さん:
32キロにしては軽やかに動きますね(笑)。
「ラプンツェル」の物語は、1812年にグリム兄弟によって最初に出版されています。でもこの映画に出てくる登場人物の装いは全体的にルネサンス時代、16世紀ごろのものです。監督のバイロン・ハワードとネイサン・グレノは「時代設定は1780年代」とインタビューで答えていますが、ラプンツェル、ゴーテル、フリン、そしてラプンツェルの両親であるフレデリック王とアリアナ妃のコスチュームには、1500年代ヨーロッパの特徴が見られます。ただこの場合も、歴史を正確に参照しているというわけではなく、16世紀ドイツの漠然としたイメージからヒントを得て、現代好みの雰囲気にアレンジしているという印象です。
ラプンツェルとゴーテル、時代が合わないドレス
DAILY編集部:
ルネサンス時代の特徴は、どんなところに現れていますか?
中野さん:
たとえば、ゴーテルのこのワインカラーのドレス。デコルテの開け方に特徴が見られます。
こちらはルネサンス期のドイツの画家ハンス・ホルバインが、1537年ごろに描いたイングランド王ヘンリー8世の3番目の王妃ジェーン・シーモアの肖像です。胸元のカッティングやじょうろ状の袖に類似を見つけることができます。
ジェーン・シーモアの肖像 ©Hans Holbein
DAILY編集部:
ラプンツェルのドレスはいかがですか?
中野さん:
パフスリーブですね。肩のあたりに膨らみがあり、腕全体はタイトに覆われています。ただ、ラプンツェルのこのドレスは素材感がどちらかといえば19世紀前半的で、ルネサンスと19世紀のハイブリッドという印象も受けました。
下の絵は、ルネサンス期のイタリア人画家ティツィアーノ・ヴェチェッリオが、1556年に描いた貴族の女性の肖像です。袖の形が似ているでしょう。ラプンツェルのボディスや袖の形は16世紀、スカートはふくらみのない19世紀初頭。それぞれの時代をいいとこどりしたデザインでしね。
ティツィアーノの貴婦人の肖像 ©Titian
DAILY編集部:
ラプンツェルのボディスは、前をひもで結ぶ形ですね。
中野さん:
自分で脱ぎ着できるコルセット型のボディスですね。下着ではなく上に着るものとして着用しています。前で締めるタイプであれば、召使に着せてもらわなくても自分で着られますし、自分で調節できる分、動きやすそうですね。
また、同じ16世紀といっても、ゴーテルとラプンツェルのドレスの印象にはずいぶん差があります。ハイブリッド型のラプンツェルに比べると、ゴーテルは「かなり昔の服」という印象。素材感も含め、意図的に「時代が合わない二人」として描かれています。
ボヘミアン的要素を強調したラプンツェルのドレス
DAILY編集部:
あの袖はどんなふうに膨らませているんですが? それにまたなぜ袖を膨らませるのが流行ったのでしょう?
中野さん:
二の腕の形をそのままなぞるとエレガントではないので、カムフラージュしたのだと思います。このふくらみを巨大化させたものを"マトンの脚の袖(レッグ・オブ・マトン・スリーブ)"と呼びます。
レッグ・オブ・マトン・スリーブのドレスを着る女性たち
ラプンツェルの場合、袖のふくらみ部分をよく見ると、縞柄(しまがら)ですよね。ルネサンス期にはストレッチ素材がないので、膨らませた袖に縦にスリットを入れて、動きやすくする工夫としていました。ついでに下に着ているシャツをスリットから出して装飾として見せていました。これを遠くから見ると、縞柄に見えるのですが、ラプンツェルの袖の縞柄はそのケースかもしれません。
DAILY編集部:
ラプンツェルのこのドレスは、裾が短めですね。
中野さん:
裾から少し見えているキャミソールのレースがかわいいですね。19世紀初頭にもルネサンス期にもない着方ですが、アクション映えするようデザイン的に合わせたものだと思います。塔の上から降りるなど、アクションするときに、このレースがあることで動きが出ますよね。
DAILY編集部:
そうですね。そして靴も履いていません。
塔に住むラプンツェルは、魔女である育ての母ゴーテルにしか会わない。だから髪も結わず、アクセサリーもつけていないし、靴も履いていません。個性を出すのはドレスしかないので、いろいろ工夫が凝らされているのだと思います。アクセサリーもなく、裸足なのもひとつの個性ですが。
DAILY編集部:
そうですね。ボヘミアン的要素がさらに強調されますよね。
ドレスの色に託されたもの
DAILY編集部:
ドレスの色がパープルなのには、どんな意味がありますか?
中野さん:
ここで使われているパープルというか、厳密にいえばモーブカラーですが、発明されるのは19世紀なかば。人類初の合成染料なんです。1856年、イギリスのW.H.パーキンが、コールタールからマラリアの特効薬を作り出す実験のなかで偶然、発見したもの。だから完全に現代的な味付けをされたドレスということがわかります。
DAILY編集部:
なるほど。
中野さん:
もともとパープルは、ローマ時代には皇帝の色でもありました。ラプンツェルは、本来、プリンセスですよね?
DAILY編集部:
本当は王家の娘ですが、魔女に連れさられ、塔の上に暮らしている。だから、自分が何者か知らないんです。
中野さん:
だからパープルを着せたのかもしれませんね。彼女が特別な人だということを表現するために。それに、彼女の本当の母であるアリアナ王妃も、より濃いパープルを着ています。観客の目に、高貴な地位にある母と娘の絆(きずな)をわかりやすく示すために、パープルの濃淡を使ったのかもしれません。
DAILY編集部:
フリンのコスチュームはどうですか?形や色には何か意味がありますか?
中野さん:
特徴のあるベスト状の上着は、ルネサンス期の男性服のアイテムで、ジャーキンと呼ばれます。ただ、ルネサンス当時にはややメタボリックな体型で着こなすのがかっこよく、ちょうちんブルマ型の下衣をあわせました。
『塔の上のラプンツェル』では、ふくよかなお腹でも、ふくらんだズボンでもなく、現代人の目から見ても違和感のないデザインになっています。
これは、テューダー朝最後のイングランド女王、エリザベス1世に仕えたサー・ウォルター・ローリーの1598年の肖像です。当時はジャーキンの腹部をさやえんどう型(メタボリック型)にするために、詰め物までしたという記録があります。
ジャーキンを着たウォルター・ローリー ©Attributed to William Segar
フリンのジャーキンの色は、緑と青がブレンドされたような独特の色です。カメレオンのパスカルの緑との違いが顕著ですよね。この色はティール(teal)と呼ばれる、鴨の羽色です。この色を好む人は、個性的で大勢のなかでも埋もれず、オープンマインドでアーティスト気質、しかも頼れる人ということになっています(笑)。
DAILY編集部:
フリンの気質をいいように表現すると、そうなりますね。
DAILY編集部:
バイロン・ハワード監督は、『塔の上のラプンツェル』を描くとき、『リトル・マーメイド』のアリエルに触発されたそうです。阻むものがあっても、決して夢を諦めない心を持つプリンセス。そんなプリンセス、ラプンツェルを中野さんはどんなふうにご覧になりましたか?
中野さん:
ラプンツェルは、ディズニープリンセスの中でも親しみやすいキャラクターですね。"隠してもにじみ出る高貴な家柄"を感じさせる天然の気品もさることながら、見たいものは見に行くという強い好奇心と冒険心、行動力があるところが、現代の女の子の共感を呼ぶのではないでしょうか。好きな男性には自分からキスするという素直さも、『眠れる森の美女』や『白雪姫』に見られた"王子様のキス待ち"伝説をぶち壊す今どきの感じで、頼もしいかぎりです。
裸足で駆けまわるラプンツェルは、素敵な靴は素敵な場所へ連れて行ってくれるという"シンデレラ神話"も簡単に凌駕(りょうが)します。その意味では、伝統破りのかなりパンクなプリンセスといえるかもしれません。
ラプンツェルが着こなすパープルのハイブリッドドレスは、ノーブルながら破天荒で、既成の型にはまらない行動的なボヘミアン・プリンセスとしてのキャラクターを、いっそう鮮やかに引き立てています。
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中野香織(なかの かおり)
服飾史家/昭和女子大学客員教授。男女ファッション史から最新モード事情まで研究・執筆・講演をおこなうほか企業の顧問をつとめる。日本経済新聞、読売新聞、北日本新聞、kotoba、LEON、婦人画報.jpで連載中。著書『「イノベーター」で読むアパレル全史』、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』、『モードとエロスと資本』など多数。趣味はコスプレ。ディズニーシーが好きでミラコスタの常連。
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