多くの方が魅了された『美女と野獣』で、ベルが着た黄色いドレス。父親の身代わりとなって野獣のお城に残ったベルが、野獣の内面の優しさに気づき、ときめきを自覚しながら踊ったシーンで着ていたドレスです。なぜこのドレスにひかれたのか?ドレスのデザインから、服飾史家の中野香織さんと一緒に考えてみましょう。
DAILY編集部:
今回は、『美女と野獣』のファッションについて、特に、アニメーション版、実写版、どちらにも登場したベルの黄色いドレスを中心に、うかがいたいと思います。まず時代背景から。実写版の衣装デザイナー、ジャクリーヌ・デュランはインタビューで、18世紀の資料を参考に衣装をデザインしたと言っていますね。
中野香織さん:
そのようですね。『美女と野獣』の小説には、ヴィルヌーヴ夫人版とボーモン夫人版がありますが、舞台はどちらも18世紀のフランス。18世紀は、パニエというバスケット状下着を着けてスカートを台形に膨らませていた時代ですが、ベルが野獣と踊るときのドレスは、踊ったときにより綺麗(きれい)な広がり方を見せることを重視して、パニエは使わず、ペティコートを幾重にも重ねて膨らませているようですね。
ベルのイメージを、現代の観客にアピールしやすく創り上げていくとき、"時代考証より、歴史のどこかにあったロマンティックコスチューム"を選んだのだと思います。
二人が恋に落ちる時を象徴するドレスでもあり、神秘的なお城の雰囲気にもマッチして、忘れがたいロマンティックな印象を残します。個人的にも大好きなデザインのドレスです。
DAILY編集部:
ドレスの上に、幾重にも長さの異なるオーガンジーのスカートがあるのも素敵です。
中野さん:
スカート部分に3層のティアード(段)を作っていますね。躍ると一枚一枚、布の広がり方の相乗効果によって、軽やかなのにドラマティックなシルエットに変わります。実写版では、マダム・ド・ガルドローブが魔法の力でドレスの上にゴールドの刺繍(ししゅう)のアレンジを施していました。お屋敷の内外の枝や葉をモチーフにした刺繍は、金の線条細工のアクセサリーとしてもベルの髪や耳、デコルテを飾っています。ゴールドの刺繍は野獣の服にもあしらわれており、シャンデリアの光を受けてきらきら!私もうっとりさせられました。
DAILY編集部:
野獣の衣装(いしょう)はいかがですか?18世紀には実際にあのような服が着られていたのでしょうか?
中野さん:
ベルのドレスは19世紀風ですが、野獣の衣装は、18世紀の男性の宮廷服です。野獣は、びっしり刺繍が施されたジュストコールというひざ丈の上着を着ています。その下にジレというベストを着け、ひざ丈のキュロットを履いている。首元や手元からはレースがのぞく。これこそ18世紀の典型的な男性の正装です。
実写版の冒頭では、プリンスが野獣に変わる前の舞踏会の様子がちらっと描かれていましたが、あの場面で着られていた男女の衣裳が18世紀の宮廷スタイルです。ちなみに、アニメーション版の野獣は、19世紀の燕尾服(えんびふく)を着ています。
18世紀の一般的なドレスの特徴は?
DAILY編集部:
18世紀のフランスで、日本でも知名度のある貴婦人と言えば、なんといってもマリー・アントワネット(1755~93)です。改めて18世紀のドレスのスタイルを教えていただけますか?
中野さん:
18世紀のローブ・ア・ラ・フランセーズと呼ばれるドレスは、スカートの形に特徴があり、正面から見ると台形に広がっているのです。扉を通過するときには身体を横にしてスカートで塞がれないように移動したようです。
下にパニエというバスケット状の下着を装着しています。身頃はコルセットで締め上げ、胸元にはストマッカー(胸にあてた三角形の胸当て)を差し込み、まっすぐに上体が立つようにしていました。
©Woman's Corset LACMA
後ろ姿にも特徴があります。首の後ろから足元まで、流れるようなプリーツがあしらわれているのです。
©Robe à la Française MET
ベルのドレスが黄色なのは?
DAILY編集部:
ドレスはなぜ黄色だったんでしょうか?
中野さん:
黄色が、高貴な色であり、太陽を象徴する色だからでしょうか。化学染料のない18世紀にあのような鮮やかな黄色はなかったのではと思われます。濃いクリームベージュかマスタード色に近い色なら出せたと思いますが。もっと前の中世では、黄色は、サフランで染めていました。黄色の意味は、異端や狂気の象徴とあまりいい意味ではありませんでしたが、古代ギリシアではサフランの黄色は珍重され、王族だけが使うことを許される高貴な色だったと聞いています。
DAILY編集部:
映画の公開当時、あの黄色いドレスに憧れる方はとても多かったようですね。
中野さん:
1991年製作のアニメーション版のときも、ベルのドレスは黄色なんですね。階段に敷き詰められたレッドカーペットとブルーのカーテンに、イエローがきれいに映えます。ゴールドの刺繍やアクセサリーともなじみよく、ちりばめられたスワロフスキーのクリスタルと共にシャンデリアの光を受けてきらめくさまは、心のときめきを表現しているようでした。日本では太陽は赤のイメージですが、西洋では黄色。暗いところですごしていた野獣にとって、ベルは太陽のような存在、という意味が込められているように思います。
機能的でかわいいベルの普段着
DAILY編集部:
ベルの普段着ファッションはいかがでしょう?機能的で動きやすそうでキュートです。
中野さん:
アニメーション版は、ブラウスにブルーのドレス、その上にエプロンという、現代の観客も親しみを感じやすい普段着ですね。当時は必須だった帽子もかぶっていないですし。
ただ、胸もとのスカーフ状の布は18世紀に流行した「フィシュ」と呼ばれるものに似ています。実写版には、もっとベルの性格に寄り添った工夫が凝らされています。
DAILY編集部:
どのような工夫でしょうか?
中野さん:
ベルは活動的で読書好きという想定なので、足元はブーツ。ベルはスカートの下にカルソンをはいており、このおかげでぴょんぴょん跳んだり、馬に乗ることができます。また、大きめのポケットをエプロンの上につけていますね。本を入れたりリンゴを入れたりとけっこう活躍しています。当時まだポケットは服の表に見えるようにはついていなかったはずなので、これは衣裳(いしょう)デザイナーの工夫だと思います。上半身はコルセットなしで、コルセットよりは楽なボディスを着ています。
DAILY編集部:
ベルの普段着には、いろいろな端切れが上手に使われています。
中野さん:
創意工夫を発揮して作った感がありますよね。ベルは、読書だけでなく、物づくりも好きそうですし。
DAILY編集部:
アニメーション版では、発明家のお父さんを手伝ってもいますし。多くのディズニープリンセスが、魔法や小動物に手伝ってもらってドレスを作るなか、ベルには手作りしている感じがありますね。
18世紀の服装ミニ知識:ボディス
DAILY編集部:
先ほどコルセットより楽なボディスとおっしゃいましたが、ボディスにはどんな役割があるんですか?
中野さん:
上体をしっかり立てて、背筋をしゃっきりさせる、つまり洋服の形を整えながら猫背を避ける役割を果たします。コルセットはメイドの手伝いが必要ですが、ボディスはひとりで装着できます。縛り上げるコルセットは、さらに胸を開き、ウエストを絞り、魅力的とされる曲線を作ります。コルセットの場合は、胸にストマッカーを入れて、より強力に上半身の姿勢をキープさせます。西洋の女性の肖像画は、上半身がピシッと立っているのに比べ、江戸時代までの日本の着物を着た女性は "くねっ"と曲線で構成されていますね。見返り美人が典型ですが。西洋と日本における美しさの基準の違いとも言えそうですね。
DAILY編集部:
言われてみるとそうですね。
中野さん:
もうひとつ、ボディスで上半身を固めることで、隙のない貞節な人であることを、視覚的に見せようとしているのかもしれません。女性にとって大切なのは、"貞節である"という時代でしたので。
DAILY編集部:
ただし『美女と野獣』に関しては、衣装デザイナーのジャクリーヌ・デュランは、ベルを演じたエマ・ワトソンの意見を取り入れ、なるべくベルが動きやすいようにデザインしたと言っています。黄色のドレス、着用の際にも、コルセットを使用しないなど。
中野さん:
そうですね。当時の実際の女性服は女性の身体の動きをかなり制限するものでしたが、ベルに関して言えば、衣装で身体の自由を制限されているようにはまったく見えません。普段着でも、ドレスを着たときでも、軽やかによく動きますし、また動きがとても美しく見えます。ヒストリカルに見せながら現代のテクニックを駆使した衣装デザイナーの力を感じます。
ドレスと宮廷服は踊るための服
DAILY編集部:
電気のない18世紀の舞踏会は、ロウソクの光のなかで行われ、たぶんかなり薄暗かったと思うのですが、紳士淑女はどのように自分をアピールしたのでしょう?
中野さん:
その任を負っていたのが宝石です。身分が高い人はさらに目立つよう、金糸や銀糸を織り込んだ生地を用いたり、真珠などの宝石を縫い込んだりしています。男性も金糸や銀糸の刺繍を施したジュストコールを着ていました。服のボタンも目に留まりやすいポイントであるため、ジレには綺麗なボタンが隙間ないほどぎっしりつけられていました。それと香料ですね。ダンスで接近した時に、香りでアピールする。
DAILY編集部:
黄色のドレスには、キラキラ光るスワロフスキーを手縫いで2000個以上も縫い付けたと、衣装デザイナーのジャクリーヌ・デュランが言っていました。
中野さん:
ライトが当たると、とても綺麗ですものね。シャンデリアのロウソクの光でも、きっと美しくきらめいたでしょうね。
* *
ベルという魅力的な主人公と、その個性をファッションで演出しようと試みた映画のスタッフの思い。それらが重なり合ったことで、ダンスのシーンが、そして黄色いドレスが、より魅力的になったのでしょう。ファッションによる演出って、本当に奥が深いですね。
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中野香織(なかの かおり)
服飾史家/昭和女子大学客員教授。男女ファッション史から最新モード事情まで研究・執筆・講演をおこなうほか企業の顧問をつとめる。日本経済新聞、読売新聞、北日本新聞、kotoba、LEON、婦人画報.jpで連載中。著書『「イノベーター」で読むアパレル全史』、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』、『モードとエロスと資本』など多数。趣味はコスプレ。ディズニーシーが好きでミラコスタの常連。
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