ディズニー作品のプリンセスは、それぞれに魅力的。さまざまな苦難に挑み、成長し、未来を切り開くプリンセスたちは、みんな長く愛されています。そんなプリンセスたちの物語を、服飾史家の中野香織さんにファッションから分析していただきました。見えてきた興味深い事実!最初は『シンデレラ』のファッションからお話いただきます。
DAILY編集部:
『シンデレラ』は、現在も多くの女性に支持されているプリンセスですね。
中野さん:
毎年、ニューヨークのメトロポリタン美術館で行われるファッションの祭典「メットガラ」は、昨年、「キャンプ(Camp)」をテーマにしていました。"芝居がかっていたり、過剰だったり、皮肉が効いていたり、ゆえにたまらない魅力となる感覚"が「キャンプ」なのですが、ゼンデイヤはそのテーマで、シンデレラをモチーフにしたドレスを着て登場したんです。レッドカーペットをエスコートしていたスタイリストが、魔法の杖を振ると煙が立ち上り、彼女の着ていたグレーのドレスをブルーに変えてキラキラ光らせるというパフォーマンスもあって、注目の的でした。私もコスプレの機会があれば着てみたいと思っているドレスのひとつです。
©Karwai Tang/gettyimages
DAILY編集部:
では今回は、『シンデレラ』のファッションの意味や歴史的背景についてお話を聞かせてください。
中野さん:
原作のディズニープリンセスの多くは、10代らしいのです。白雪姫は14歳、オーロラ姫は16歳、ベルは17歳、ラプンツェルは18歳という設定らしく、皆、かなり若くして試練を受けています。そんななかでは、19歳くらいという設定のシンデレラは年長のほうですね。
あの時代からの引用?シンデレラのドレス
DAILY編集部:
とはいえ、まだ10代。まま母と姉たちに召使のような扱いを受け、国中の未婚の女性を招く舞踏会にも連れて行ってもらえません。そんなとき、フェアリー・ゴッドマザーに魔法をかけてもらい、ドレスを着て、舞踏会に出かけます。
中野さん:
シンデレラが着ている舞踏会用のドレスは、スカートが大きく広がったクリノリン・スタイル。19世紀のヨーロッパで流行した典型的なデザインです。スカートが大きい分、細く絞られたウエストが強調され、そのウエストに触れようと男性は手を伸ばしますが、広がったスカートに邪魔されます。下半身はがっちりと覆われ、いちおう貞淑を装っていますが、男性視点で見れば、誘っているのか、拒んでいるのか分からないスタイルなんです(笑)。
©C.E. Jensen
DAILY編集部:
実際にそんな意図もあったんでしょうか?
中野さん:
おそらく。拒みつつ誘うというクリノリン・スタイルのドレスは、究極の誘惑装置とも言えます。
DAILY編集部:
蠱惑的(こわくてき)ですね。
中野さん:
シンデレラが、そんなスカートを幅いっぱいに広げて階段を降りる実写版の演出は、この時代のドレスだからこそ魅せることができる素晴らしい演出でした。
デコルテを見せるのは?
DAILY編集部:
女性のデコルテ部分が大きく開いているのには、どんな意味があるのでしょう?
中野さん:
これは西洋のドレスの伝統で、今でも夜の正装はデコルテが基本となるので、ヨーロッパの方はデコルテも含めて、そこから上を「顔」とみなしています。イブニングドレスを着るときは、肌の上に直接、本物の宝石を付けます。胸は宝石を載せる台なんです。日本人は、夜でも胸を覆い、服の上から宝石を載せますが、それは本来の宝石の付け方ではありません。
DAILY編集部:
だから夜に付ける宝石は、デコルテに映える大きめなものが多いんですね? アニメーション版のシンデレラはチョーカーを付けていますが、実写版では宝石を付けていません。
中野さん:
そうですね。「私の肌こそが宝石」というシンデレラのアピールとも言えますし、当然あるべきところにない宝石は「僕が贈らなければ」と無意識に男性を掻き立てているとも言え、いろいろと妄想が広がります。
フォーマルグローブが流行した時代は?
DAILY編集部:
アニメーション版の二の腕までカバーする長い手袋は?
中野さん:
フォーマルグローブです。アニメーション版が作られた1950年代には、アメリカのフォーマルな場での必須アイテムでした。
DAILY編集部:
『シンデレラ』の物語が書かれた17世紀には、長い手袋はなかったんですか?
中野さん:
肘までの手袋は記録で見たことがあります。実写版の舞台はクリノリン・スタイルが流行した19世紀ですが、そのころはありました。ただしそれほど付けてはいなかったと思われます。ロンググローブがもっともよく付けられたのは、1950~60年代頃。アニメーション版が作られた頃ですね。モードをリードしていたのは大統領夫人になったジャクリーン・ケネディで、彼女は若い頃からフォーマルグローブを付けていました。その姿に憧れる女性は多かったと思います。
DAILY編集部:
フォーマルグローブはなぜ付けるんですか?
中野さん:
デコルテを出している分、これを付けることで露出のバランスが品よく見え、慎ましさを表現したんだと思います。それに握手する際、「直接、男性の手を握る」というタブーを回避できるので。でも食事のときは取らなければいけないし、取ると付けるのが面倒になる。それに太ると入りにくくなりますし、付けているとずり落ちてしまう。扱いにくいアイテムです(笑)。
ドレスの魅力とコルセットの秘密
DAILY編集部:
アニメーション版の『シンデレラ』を観て、腰の両サイドを飾るチュールに憧れ、お絵かきしたお姫様のドレスには必ずこれを描いていた思い出がある方も多いと思います。
中野さん:
これはオーバースカートを簡略化して描いたものと思われます。スカートの上にさらに屏風のようにスカートを重ねていました。アニメでは肩のラインを強調するパフスリーブと呼応させたデザインになっていて、シンデレラといえばこの形、というほどの特徴になっていますね。
DAILY編集部:
実写版のブルーのドレスのデザインは、現代的でとても素敵です。
中野さん:
ブルーのオーガンジーが何層にもなっていて、それが照明によってグリーンやパープルがちらちらと浮き出て見えたり。スクリーン映えして効果抜群です。衣裳デザイナーは、オスカーを何度も受賞しているベテランのサンディ・パウエルです。
DAILY編集部:
スカートと上のつなぎが直線ではなく、Vになっていますね?
中野さん:
バスク・ウエストラインとも呼ばれています。コルセットでもウエストを絞っていますが、より細く見せるためのデザインです。コルセットは、侍女が締めてくれるもので自分では締められません。
DAILY編集部:
コルセットは、一般の人は身に付けないもの、ということですね。
中野さん:
それに近いものはつけますが、それほどタイトではない。上流階級の女性が社交の場で着るドレスの下に着る縛り上げ型コルセットは、胸がグッと前に出て、背筋がしなる。胸を開いて受け身の姿勢を作る装置なんです。そういう意味では、自立した女性の服というより、選ばれる女性の服なのかもしれません。この時代を描いた小説にはボディス・リッパー(Bodice Ripper)ものというジャンルがあります。ボディス(上半身に密着する胴着)を切り裂く、つまり官能小説ということですね。でも本当にボディスを切り裂くわけではなく、男女が初めて夜をともにするとき、男性がもどかしさのあまり女性のコルセットの紐を切ってしまうという意味もあります。逆に男性に情熱がないときは丁寧に紐を解くと。
©LiliGraphie/depositphotos
DAILY編集部:
女性はそれで愛情を見極めるわけですね。
中野さん:
16世紀のイギリスが舞台の映画に、まさにそのシーンが描かれているものがあります。
DAILY編集部:
コルセットを付けたら姿勢は良くなりそうですね。
中野さん:
でも人間は加速する生き物ですので、いったん細くすることに快感を得てしまうとどんどん細くしたくなってしまう。コルセットの絞めすぎで腸が二つに分かれた19世紀の女性のレントゲン写真を見たことがあります。当時の女性はウエストを絞めているので呼吸が浅く、ちょっと興奮するとすぐ倒れてしまう。でもそこも慣れたもので、「大丈夫ですか?」と寄ってきた男性がイケメンなら、そのまま気絶したふりをしてどこかに連れて行ってもらい、そうでなかったら自分ですっくと立ち上がったとか(笑)。貴婦人たちは、そのために常に気付薬を携帯していたそうです。
シンデレラのガラスの靴とは?
DAILY編集部:
『シンデレラ』と言えばガラスの靴ですね。
中野さん:
そうですね。ガラスの靴が何で作られていたかはさておき、靴そのものの意味についてお話すると、19世紀はリスペクタビリティ(お上品ぶり)の時代で、女性が足を見せるのはタブーだっただけでなく「足」ということばを口にするのも憚られて(はばかられて)いました。それほど足がエロティックだったということです。例えば、落馬した女王様を助けた臣下が、「足を見た」という理由で処刑されるくらいでした。そんな足を包む靴もエロティックで、フェティッシュな対象でもあったのです。
DAILY編集部:
ではシンデレラが片方の靴を置いて行ってしまう意味とは…?
中野さん:
靴を置いていくというのは相当ショッキングな行為だったと思います。
DAILY編集部:
19歳のシンデレラは、やはりほかのプリンセスよりやや大人ですね。
中野さん:
そうですね。2012年には、クリスチャンルブタンとのコラボレーションで「シンデレラ・シューズ」が発売され、話題になりました。また東京ディズニーランド®の「シンデレラのフェアリーテイル・ホール」には、ガラスの靴を試着できるところもあります。大行列で、私は履くことができませんでしたが、写真も撮れるようになっていたので、また行ってみたいと思っています。
ファッションの意味を知れば知るほど、『シンデレラ』の物語が身近に感じられますね。胸をときめかせながら大人への階段を上るシンデレラの息遣いが聞こえてくるようです。映画の場面と、その時のシンデレラのファッション、ぜひ注意して観てみてください。
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中野香織(なかの かおり)
服飾史家/昭和女子大学客員教授。男女ファッション史から最新モード事情まで研究・執筆・講演をおこなうほか企業の顧問をつとめる。日本経済新聞、読売新聞、北日本新聞、kotoba、LEON、婦人画報.jpで連載中。著書『「イノベーター」で読むアパレル全史』、『ロイヤルスタイル 英国王室ファッション史』、『モードとエロスと資本』など多数。趣味はコスプレ。ディズニーシーが好きでミラコスタの常連。
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